オーディオアンプと電磁波ノイズ
パワーアンプとは、電源エネルギーをオーディオ信号によって制御し、スピーカーを駆動する装置です。
スピーカーは単なる抵抗負荷ではなく、インダクタンスや逆起電力を伴う電気‐機械変換器であり、アンプはそれらを含めた複雑な負荷に対して、入力信号に相似した電流を正確に供給する必要があります。
つまり、音質の本質は電源の質に強く依存しているのです。
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現代に蔓延する高周波ノイズ
問題は、現代の電源環境には、かつてとは比較にならないほど多くの高周波ノイズが存在していることです。
スイッチング電源、インバーター、LED照明、通信機器などが発するノイズは、商用電源ラインに重畳され、さらに空間中に電磁波として拡散しています。
しかし「昔はノイズがなかった」というのは事実ではありません。
冷戦時代と電波ノイズ対策の始まり
東西冷戦時代、短波・中波帯ではプロパガンダ放送が飛び交い、それを妨害するためのジャミング電波が常時発射されていました。
ヨーロッパでは、オーディオアンプであってもこれらの強力な電波の影響を無視できず、実際に音質や動作に悪影響が出ていました。
このため1960年代以降、ヨーロッパ、特にドイツでは電波妨害耐性(EMI対策)を満たすことが、アンプとして必須条件となります。
ヨーロッパへ輸出しようとした日本のオーディオメーカーは、高価なドイツ製測定器を導入し、電波暗室を建設し、認証を取得するために長い時間を費やしました。
当時は1~2か月、現在でも2週間程度を要します。
ノイズ対策と音質低下というジレンマ
これらの厳しい規格をクリアしたアンプを聴くと、日本の技術者たちは**「どこか音が冴えない」**ことを暗黙のうちに理解していました。
しかし、輸出先でクレームが出ることはなく、この問題が表立って語られることはありませんでした。
ノイズを抑えれば抑えるほど、音の生命感が損なわれる──このジレンマは、現在まで続いています。
スイッチング電源時代の到来
MOSFETの登場により、スイッチング電源とインバーターは急速に普及しました。
パソコン用電源は雪崩を打つようにスイッチング方式へ移行し、従来の電源トランスは急速に姿を消していきます。
その結果、スイッチングノイズが商用100V電源に流れ込む環境が当たり前になりました。
これらのノイズは、トランス式電源を採用したオーディオアンプであっても
1次巻線 → 2次巻線 → 整流ダイオード → 平滑コンデンサー → パワーステージ
という経路で確実に侵入してきます。
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耳に聴こえないノイズが音を壊す
スイッチングノイズの基本周波数は100kHz~1MHz程度です。
これを理由に「可聴帯域外だから問題ない」と考える人もいますが、実際にはそう単純ではありません。
アンプ内部で高周波発振や非線形動作が起こると、フォールダウン現象によって可聴帯域に影響が現れます。
10MHz級の発振が、結果として低周波ノイズや音の濁りとして感じられるのです。
ノイズ対策の限界
現在ではLCフィルターやフェライトコアなど、各種ノイズ対策部品が一般的に使われています。
一定の効果はありますが、完全な解決には至りません。
このため、電源ケーブル、インシュレーター、仮想アースなど、多種多様なノイズ対策グッズが市場に溢れています。
バッテリー駆動という別解
全く異なるアプローチとして、商用電源を使わず、バッテリーでアンプを駆動する方式があります。
高電圧を必要とする真空管アンプには不向きですが、半導体アンプでは十分に実用可能です。
実際、家庭での平均的な再生音量に必要な出力は10~100mW程度に過ぎません。
12Vバッテリー2個を使えば
- ハーフブリッジ:約8W
- フルブリッジ:約18W
の出力が得られます。
その音は、クリアで透明、鮮烈であり、これは体験しなければ理解できない領域です。
パワーデバイスとしてのMOSFET
約50年前、Dクラスアンプの研究はすでに始まっていましたが、当時は製品化が困難でした。
最大の理由は、バイポーラトランジスタの高域特性の限界にあります。
トランジスタは少数キャリアの移動で動作するため、高周波では応答が鈍化します。
これがDアンプ実用化の壁でした。
MOSFETは多数キャリアデバイスであり、高速スイッチング特性に優れています。
この特性が、Dクラスアンプの実用化を決定的にしました。
MOSFETがもたらした設計自由度
MOSFETの利点は以下の通りです。
- 電圧駆動素子のため、ドライバー回路が簡素化できる
- 温度特性が穏やかで、複雑な温度補償が不要
- 高域特性に優れ、NFB補償回路を最小限にできる
MOSFETアンプの現在と未来
現在、パワーデバイスの主役は完全にMOSFETへ移行しました。
オーディオ用途は市場としては小さいものの、デノンやアキュフェーズといったメーカーは早くからMOSFETを採用しています。
Pch MOSFETの選択肢が少ないという課題はありますが、金田式アンプのようなセミ・コンプリメンタリー構成も有効な解決策です。
MOSFETは今後も進化を続けるでしょう。
電磁波ノイズが蔓延する現代において、安定して音楽信号を扱えるデバイスとして、その重要性はますます高まっています。
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おわりに
オーディオアンプの音質は、回路や部品だけでなく、電源環境とノイズとの闘いの上に成り立っています。
ノイズを完全に排除することは不可能ですが、その本質を理解することで、より健全な音作りが見えてくるはずです。

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